急性・慢性心不全

2018年3月、日本循環器学会、日本心不全学会らから、「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」が発表されました。

「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」→http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2017_tsutsui_h.pdf

心不全に関するガイドラインは、2000年に日本循環器学会から「慢性心不全治療ガイドライン」「急性重症心不全治療ガイドラ イン」が発表、2005年と2010年に「慢性心不全治療ガイドライン」改訂、2011年に「急性重症心不全治療ガイドライン」は「急性心不全治療ガイドライ ン」として改訂、2008年に欧州心臓病学会(European Society of Cardiology: ESC)から慢性心不全と急性心不全の両者を合わせたガイドライン 「Guidelines for the diagnosis and treatment of acute and chronic heart failure」として統一されたことなどを受けて、日本でも、日本循環器学会、日本心不全学会、日本胸部外科学会、日本高血圧学会、日本心エコー図学会、日本心臓血管外科学会、日本心臓病学会、日本心臓リハビリテーション学会、日本超音波医学会、日本糖尿病学会、日本不整脈心電学会、厚生労働省難治性疾患政策研究事業「特発性心筋症に関する調査研究」、日本医療研究開発機構難治性疾患実用化研究事業「拡張相肥大型心筋症を対象とした多施設登録観察研究」合同で、「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」として今まで急性心不全と慢性心不全に分かれていた心不全診療ガイドラインが一本化されました。

主な改訂項目としては、心不全の定義、一般向けにわかりやすい定義、心不全とそのリスクの進展のステージと治療目標をあらたに記載、心不全の左室駆出率による分類、心不全診断アルゴリズムをあらたに作成、心不全予防、心不全治療アルゴリズムをあらたに作成、併存症の病態と治療、急性心不全の治療において時間経過と病態をふまえた フローチャートをあらたに作成、重症心不全における補助人工心臓治療のアルゴリズム をあらたに作成、緩和ケアに関する記載を充実、など多岐に渡ります。

心不全の定義について、ガイドラインとしての定義として、「なんらかの心臓機能障害,すなわち,心臓に器質的および/あるいは機能的異常が生じて心ポンプ機能の代償機転が破綻した結果,呼吸困難・倦怠感や浮腫が出現し,それに伴い運動耐容能が低下する臨床症候群」、一般向けの定義(わかりやすく表現したもの)として、「心不全とは,心臓が悪いために,息切れやむくみが起こり,だんだん悪くなり,生命を縮める病気です.」と、定義されました。

心不全を、左室駆出率(left ventricular ejection fraction: LVEF)によって分類、具体的には、左室駆出率が低下した心不全(heart failure with reduced ejection fraction: HFrEF)、左室駆出率が保たれた心不全(heart failure with preserved ejection fraction: HFpEF)、左室駆出率が軽度低下した心不全(heart failure with midrange ejection fraction: HFmrEF)、左室駆出率が改善した心不全(heart failure with preserved ejection fraction, improved: HFpEF improved またはheart failure with recovered EF: HFrecEF)に分類、

心不全のステージ分類として、リスク因子をもつが器質的心疾患がなく、心不全症候のない患者を「ステージA 器質的心疾患のないリスクス テージ」、器質的心疾患を有するが、心不全症候のない患者を「ステージ B 器質的心疾患のあるリスクステージ」、器質的心疾患を有し、心不全症候を有する患者を既往も含め「ステージ C 心不全ステージ」、さらに、お おむね年間2回以上の心不全入院を繰り返し、有効性が確立しているすべての薬物治療・非薬物治療について治療な いしは治療が考慮されたにもかかわらずニューヨーク心臓協会(New York Heart Association: NYHA)心機能分類 III度より改善しない患者は「ステージ D 治療抵抗性心不 全ステージ」と定義されました。「心不全の発症・進展を 4 つのス テージに分類しているが,ステージAとBは明らかに心不 全ではなく,心不全発症リスクのステージである.このよ うな心不全発症前のリスクであるステージにおける治療 を,心不全の治療ガイドラインにあえて含めるのは,その 予防がきわめて重要であるからにほかならない.」と説明にあるように、心不全の症候を起こしていない発症リスクのステージも、心不全予防の重要性の観点から、ステージA、ステージBと定義し、介入の対象となることが明確化されました。ステージ分類の他には、運動耐容能を示す指標であるNYHA心機能分類、肺動脈楔入圧と心係数によるForrester分類、うっ血所見と低灌流所見によるNohria-Stevenson分類、クリニカルシナリオ(clinical scenario: CS)分類などがあります。

心不全の原因疾患は多岐に渡ります。大きく、心筋の異常による心不全、血行動態の異常による心不全、不整脈による心不全の3つに分類され、具体的には、

【心筋の異常による心不全】

・虚血性心疾患

虚血性心筋症,スタニング,ハイバネーション,微小循環障害

・心筋症(遺伝子異常を含む)

肥大型心筋症,拡張型心筋症,拘束型心筋症,不整脈原性右室心筋症,緻密化障害,たこつぼ心筋症

・心毒性物質など

習慣性物質

アルコール,コカイン,アンフェタミン,アナボリックステロイド

重金属

銅,鉄,鉛,コバルト,水銀

薬剤

抗癌剤(アントラサイクリンなど),免疫抑制薬,抗うつ薬,抗不整脈薬,NSAIDs,麻酔薬・放射線障害

・感染性

心筋炎

ウイルス性・細菌性・リケッチア感染など,シャーガス病など

・免疫疾患

関節リウマチ,全身性エリテマトーデス,多発性筋炎,混合性結合組織病など

・妊娠

周産期心筋症

産褥心筋症を含む

・浸潤性疾患

サルコイドーシス,アミロイドーシス,ヘモクロマトーシス,悪性腫瘍浸潤

・内分泌疾患

甲状腺機能亢進症,クッシング病,褐色細胞腫,副腎不全,成長ホルモン分泌異常など

・代謝性疾患

糖尿病

・先天性酵素異常

ファブリー病,ポンペ病,ハーラー症候群,ハンター症候群

・筋疾患

筋ジストロフィ,ラミノパチー

【血行動態の異常による心不全】

・高血圧

・弁膜症,心臓の構造異常

先天性

先天性弁膜症,心房中隔欠損,心室中隔欠損,その他の先天性心疾患

後天性

大動脈弁・僧帽弁疾患など心外膜などの異常収縮性心外膜炎,心タンポナーデ

心内膜の異常

好酸球性心内膜疾患,心内膜弾性線維症

高心拍出心不全

重症貧血,甲状腺機能亢進症,パジェット病,動静脈シャント,妊娠,脚気心

体液量増加

腎不全,輸液量過多

【不整脈による心不全】

・頻脈性

心房細動,心房頻拍,心室頻拍など

・徐脈性

洞不全症候群,房室ブロックなど

日本におけるデータでは、入院した心不全患者の原因疾患として多いものは順に、虚血性心疾患、高血圧、弁膜症であったと報告されています。

心不全の診断としては、自覚症状、既往歴、家族歴、身体所見、心電図、胸部X線をまず検討、慢性心不全を疑う場合、次に行うべき検査は血中BNP/N末端プロBNP(NT-proBNP)値の測定、「NT-proBNP≧400 pg/mLまたは BNP≧100 pg/mL」を満たす場合は、心エコー、さらにはCT、MRI、核医学検査、運動/薬剤負荷試験、心臓カテーテル検査等の精査へ、「NT-proBNP≧400 pg/mLまたは BNP≧100 pg/mL」を満たさない場合は心不全は否定的と判断して行きます。ただし、「NT-proBNPが125~400 pg/mLあるいはBNPが35ないし40~100 pg/mL の場合,軽度の心不全の可能性を否定しえない.NT-proBNP/BNPの値のみ で機械的に判断するのではなく,NT-proBNP/BNPの標準値は加齢,腎機能 障害,貧血に伴い上昇し,肥満があると低下することなどを念頭に入れて, 症状,既往・患者背景,身体所見,心電図,胸部X線の所見とともに総合的に 勘案して,心エコー図検査の必要性を判断するべきである.」と、BNPの値が、40-100程度の場合は、総合的に判断が必要であること注意が必要です。心エコーにおいて、様々な指標がありますが、特に重要なものが左室収縮能の評価として左室駆出率(left ventricular ejection fraction: LVEF)であり、心不全の分類にも用いられる。左室拡張能の評価としては、平均E/e′>14 (中隔側E/e′>15 または 側壁側E/e′>13)、中隔側 e′<7 cm/秒 または 側壁側 e′<10 cm/秒、三尖弁逆流速度(tricuspid regurgitation velocity; TRV)>2.8 m/秒、左房容積係数(left atrial volume index; LAVI)>34 mL/m2、左室流入血流速波形(E/A)等によって評価します。

心臓MRIは心臓の携帯、弁の評価、駆出率、心筋の評価、特にガドリニウム遅延造影は心筋の詳細な評価に有用、心臓CTは冠動脈の評価に有用です。

心不全予防について、心不全のステージ A/Bでは心不全の発症予防、ステージC/Dでは心不全症状の改善に加えて、心不全の進行(増悪)・再発予防、生命予後の改善を図ることに重点、心不全の予防と治療を明確に区別することは困難で、両者を含めた心不全予防が重要です。高血圧、冠動脈疾患、肥満・糖尿病、喫煙、アルコール、身体活動・運動、その他、それぞれにおいて予防的介入が重要です。各ステージにおける治療目標はステージの進行を抑制することで、すなわち、ステージA(リスクステージ)では心不全の原因となる器質的心疾患の発症予防、ステージB(器質的心疾患ステージ)では器質的心疾患の進展抑制と心不全の発症予防、そしてステージC(心不全ステージ)では予後の改善と症状を軽減することを目標、ステージD(治療抵抗性心不全ステージ)における治療目標は、基本的にはステージCと同様であるが、終末期心不全では症状の軽減が主たる目標、とステージ別の治療目標が明確化されました。

心不全治療として、LVEFの低下した心不全(HFrEF) について、LVEFの低下した心不全(HFrEF) の原因は、非虚血性の拡張型心筋症と虚血性心筋症に大別、薬物療法としてはACE阻害薬、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)、β遮断薬、利尿薬、抗不整脈薬、血管拡張薬、ジギタリス、経口強心薬、レニン阻害薬、ω-3脂肪酸、スタチン、抗凝固薬、その他、SGLT2阻害薬、Ifチャネル阻害薬、アンジオテンシン受容体/ネプリライシン阻害薬(ARNI)などにまとめられました。具体的な用法用量としては、

ACE 阻害薬

・エナラプリル 2.5 mg/日より開始,維持量5~10 mg/日1日1回投与

・リシノプリル 5 mg/日より開始,維持量5~10 mg/日1日1回投与

ARB

・カンデサルタン4 mg/日より開始(重症例・腎障害では2 mg/日)維持量4~8 mg/日(最大量12 mg/日)1日1回投与

MRA

・スピロノラクトン 12.5~25 mg/日より開始,維持量25~50mg/日1日1回投与

・エプレレノン 25 mg/日より開始,維持量50 mg/日1日1回投与

β遮断薬

・カルベジロール 2.5 mg/日より開始,維持量5~20 mg/日1日2回投与

・ビソプロロール 0.625 mg/日より開始,維持量1.25~5mg/日1日1回投与

利尿薬

・フロセミド 40~80 mg/日1日1回投与

・アゾセミド 60 mg/日1日1回投与

・トラセミド 4~8 mg/日1日1回投与

・トルバプタン 7.5~15 mg/日1日1回投与

・トリクロルメチアジド 2~8 mg/日1日1回投与

抗不整脈薬

・アミオダロン 400 mg/日より開始,維持量200 mg/日1日1~2回投与

ジギタリス

・ジゴキシン 0.125~0.25 mg/日1日1回投与

経口強心薬

・ピモベンダン 2.5~5.0 mg/日1日1回投与

一方で、LVEFが軽度低下した心不全(HFmrEF)に関しては「HFmrEFにおいてはβ遮断薬など HFrEF の治療薬が有効とのデータも存在する.この領域の心不全例でのデータはまだ確実なものがなく,今後の検討を要する.」とエビデンスが十分に確立していないこと、LVEFの保たれた心不全(HFpEF)に対しては、「HFpEFに対する薬物療法として、死亡率や臨床イベント発生率の低下効果が前向き介入研究で明確に示されたものはない.」と記載、現段階では原疾患に対する基本的治療を基本、心不全症状を軽減させることを目的とした負荷軽減療法、心不全増悪に結びつく併存症に対する治療を行うこととされています。

非薬物治療としては、植込み型除細動器、心臓再同期療法、呼吸補助療法、運動療法、手術療法として、左室形成術、TAVI、補助循環として、大動脈内バルーンポンプ(IABP)、経皮的心肺補助装置(PCPS)、循環補助用心内留置型ポンプカテーテル、補助人工心臓(ventricular assist device: VAD)、体外設置型VAD、植込型LVAD、心臓移植、包括的心臓リハビリテーション、緩和ケア等についてガイドラインにまとめられています。詳しくは、「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」をご覧ください。

「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」→http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2017_tsutsui_h.pdf


 

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