心電図

このページは、医学生や看護学生等ある程度の基礎知識がある方向けに正確な説明を意図しています。

【心電図検査とは】

心電図検査とは、心臓の電気的活動を検出して調べる検査です。心電図検査を理解するためには、まず正常な心臓はどのように動いているかを理解する必要があります。心臓が正常に動くためには、心臓の構造が正常で、かつ刺激伝導系が正常に機能しており、心筋に血液が正常に届いていることの3つが必要です。

(1)心臓の構造が正常であること

(2)刺激伝導系が正常に機能していること

(3)心筋に血液が正常に届いていること

心電図検査では主に、(2)と(3)を調べます。(1)は心電図検査で異常を認めることもありますが、確定診断のためには主に心臓エコー検査等で調べます。(2)刺激伝導系が正常に機能していないと起こる病気が不整脈です。(3)心筋に血液が正常に届いていないことを虚血と言い、原因は心臓の血管、狭心症や心筋梗塞と言った冠動脈疾患です。心電図検査の目的には様々なものがありますが、脈が記録出来れば心電図検査のみで診断可能なものとして不整脈と、命に関わる疾患の代表として狭心症や心筋梗塞と言った冠動脈疾患の2つがあります。以下、不整脈と冠動脈疾患の2つに重点を置いて説明します。

【刺激伝導系とは】

刺激伝導系とは、洞房結節から始まった心臓の興奮を、心筋に規則的に伝え、正常な心収縮を起こして、有効な心拍出を実現することです。刺激伝導系が正常に機能していないと不整脈が起こります。

 

具体的には、正常洞調律(Normal Sinus Rhythm: NSR)の場合、洞房結節(Sinoatrial node: SA node)から始まった心筋の興奮は、右房、左房の心房を伝わり、心房が収縮を起こします。その後、房室結節(Atrioventricular node: AV node)、ヒス束(Bundle of His)を通り、心室へと興奮を伝えて行きます。心房と心室は通常、房室結節以外では電気的に絶縁されていて、房室結節で電気伝導を調節しています。ヒス束は心室中隔内で右脚と左脚に分岐、左脚は前枝と後枝に分岐し、心室内膜下のプルキンエ繊維(Purkinje’s fibre)を通り、心室心筋に一気に興奮が伝わり、心室全体が収縮します。このいずれかに異常を来して起こる病気が不整脈です。心電図検査では、上記の刺激伝導系の電気活動のうち、体表から検出可能なものを測定しています。全ての電気活動を検出出来る訳ではなく、心電図検査で検出可能なものは主に以下の通りです。

・P波:心房の脱分極

・PQ時間:房室伝導の時間

・QRS波:心室の脱分極

・ST部分:心室の再分極

心電図の成り立ちとして詳しく説明すると、洞房結節の興奮は心電図検査では検出出来ず、心房の収縮をP波として検出します。房室結節、ヒス束、プルキンエ線維の興奮も心電図検査では検出出来ず、心室の興奮がQRS波として検出します。P波からQ波までの時間、PQ時間は房室結節の通過時間を反映します。T波については実は十分にわかっていないこともありますが、心室の再分極を反映していると考えられており、ST部分が心筋の再分極に異常がないか、臨床的には心筋の虚血の有無や程度を反映します。心房の弛緩は検出出来ないか、QRS波と重なり、判別が出来ないものと考えられています。U波というのがありますが、U波の成り立ちはよくわかっていません。以上から、心電図から刺激伝導系については以上の情報がわかります。心電図検査を行う目的の1つ目は、この刺激伝導系に異常がないか、不整脈の有無の診断です。

ハート先生の心電図教室→http://www.cardiac.jp

「ハート先生の心電図教室」という優れたサイトがあります。不整脈とは心臓の電気伝導系の動きそのものに異常を来している状態なので、動きをそのまま動画で理解するのが一番です。お時間のある時にぜひじっくりとご覧になってください。

不整脈の読影もまずは通常一番見やすいII誘導を中心に読影していくことが多いです。後述しますが、II誘導が心臓の電気活動の最もよく反映する誘導だからです。実は、不整脈の診断は12誘導全てを見なくても確定診断が付けれれるのであればそれで必要十分です。なぜなら、12誘導全て同じ心臓の動きを記録しているので、どれかの誘導で不整脈の診断が付けば、他の誘導では別の不整脈が起こっているということはないからです。12誘導記録する目的は、主に下記の冠動脈疾患のためです。

【冠動脈疾患とは】

次に、心筋が正常に動くのは、冠動脈から血液を受け取っているからです。正常に血液が届かなくなることを虚血(Ischemia)と言い、心筋梗塞や狭心症という虚血性心疾患(Ischemic Heart Disease: IHD)を引き起こします。心臓の血管のことを、冠動脈と言い、冠動脈の流れの異常を来すことから、冠動脈疾患とも言います。心電図検査を行う目的のもう1つ目は、この冠動脈に異常がないか、虚血の有無の診断です。

正常冠動脈(Normal Coronary)では、具体的には、大動脈起始部から、右冠動脈(Right Coronary Artery: RCA)と左冠動脈(Left Coronary Artery: LCA)の2本が出ます。左冠動脈は、さらに、左主幹部(Left Main Trunk: LMT)から、左前下行枝(Left Anterior Descending Coronary Artery: LAD)と、左回旋枝(Left Circumflex Coronary Artery LCX)に分岐します。上記にようにさらに細部まで血管の分類がされています。この血管のいずれかの場所に有意狭窄を認めるものが狭心症、100%の狭窄=血管の閉塞を認めるものが心筋梗塞です。上記のように冠動脈の走行に沿って、虚血または梗塞が起こるので、心電図検査では虚血が起きている部位の特定がある程度可能です。心電図を12誘導記録する必要があるのはこのためです。

 

具体的には、標準12誘導心電図検査では、上記のように肢誘導4電極、胸部誘導6電極の電極を装着します。下記のように単純化すると、肢誘導では心臓を冠状断(Coronal Section)の平面から、胸部誘導では心臓を水平断(Horizontal Section)の平面から観察しています。具体的には、肢誘導は心臓を冠状断の平面で観察します。右上肢にR電極、左上肢にL電極、左下肢にF電極、右下肢に基準電極のN電極を装着します。LからRを眺めるベクトルI誘導、FからRを眺める誘導II誘導、FからLを眺めるベクトルIII誘導と定義すると、冠状断の平面上でほぼ正三角形に心臓を取り囲む配置になります。せっかくなのでついでに、真下から心臓を眺めるベクトルaVF、Rから心臓を眺めるベクトルaVR、Lから心臓を眺めるベクトルaVLを定義します。以上から肢誘導は合計6つの誘導になります。心臓を左から、心臓を下から眺めるベクトルが多い気がしますが、心臓の刺激伝導系は大きな視点で見ると右上から左下へと流れていくので、左下から眺める誘導が多いのは納得出来ます。aVFは唯一、心臓を右上から覗き込むように眺めている誘導で、他にはない情報を与えてくれます。6つの誘導のうち、どれか一つだけと言われれば、右上から左下へ流れるII誘導が最も心臓の電気活動を代表しています。事実、モニター誘導はII誘導に近い誘導です。不整脈の読影もまずは一番見やすいII誘導を中心に読影していくことが多いです。

次に、胸部誘導は心臓を水平断の平面で観察します。前胸部から左胸壁に掛けて6つ電極を貼り付けます。具体的には、V1電極は主に右房を観察しており、V1、V2が主に心室中隔を観察、V3、V4が主に左室前壁を観察、V5、V6が主に左室側壁を観察しています。左室を眺める電極には重なりがあったりしますが、それくらい左室は大事ということです。右室や後壁の守備は甘い気がしますが、必要があれば誘導を追加することがあります。

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心電図に興味を持ったらぜひ小菅先生の心電図の本を読んでください。私も初期臨床研修医の時に小菅先生の講義を聞く機会がなかったらここまで心電図に興味を持つこともなかったかと思います。

さて、実践的には、冠動脈疾患は当たり前ですが、冠動脈の支配領域に一致してしか起こらないので、次の誘導はセットで記憶しておくと良いでしょう。急性心筋梗塞において、典型例では、責任血管を正面から眺める誘導ではST上昇、反対に責任血管を心臓の裏から眺める誘導はST低下と逆の心電図変化になることを「Reciprocal Change」と言います。日本語で言うと、鏡像変化、対側変化のような意味ですが、循環器内科同士では、Reciprocal Change、Reciprocal imageのままのほうが通じます。誘導の守備が甘い部位の病変では、Reciprocal Changeがサインになることもあります。具体的には、

・中隔:V1、V2、責任血管:左回旋枝(LCX)

・前壁:V3、V4、責任血管:左前下行枝(LAD)

・側壁:V5、V6、I、aFL、(Reciprocal Change: II、III、aVF)、責任血管:左回旋枝(LCX)

・後壁:(Reciprocal Image: V1、V2、V3、V4)、責任血管:後下行枝(PDA)

・下壁:II、III、aVF、(Reciprocal Change: aVL、aVR)、責任血管:右冠動脈(RCA)または左回旋枝(LCX)

・右室:V1、III、aVF、(Reciprocal Change: I、aVL)、責任血管:右冠動脈(RCA)

左前下行枝の広範囲な梗塞では前壁と中隔、左主幹部の梗塞では左前下行枝と左回旋枝も両方梗塞に至り、前壁と側壁に広範囲に及ぶ誘導に心電図変化を来すこともあります。右冠動脈の広範囲な梗塞では、右室と下壁の梗塞をしばしば経験します。以上のように、急性冠症候群を疑う時には、冠動脈の責任血管を意識して心電図を読影すると良いでしょう。逆に、冠動脈の支配領域では説明出来ない広範囲のST異常を認めた場合には心筋炎等の冠動脈疾患以外の心疾患を疑うサインになったりします。また、ST上昇の場合のみ冠動脈の責任血管を推定する参考になりますが、ST低下の場合は局在の議論はあまり当てにならないということがわかっていますので、注意が必要です。いずれにせよ、急性冠症候群と診断した場合には早期の冠動脈造影を行いますので、冠動脈造影で確定診断、治療へと進めていきます。

余談ですが、心筋の完全虚血でST上昇、不完全虚血でST低下等の虚血とST変化は有名ですが、実はその原理や機序はよくわかっていません。一説によると、心筋梗塞に陥ると、心筋は完全虚血、貫璧性虚血の状態になり、心筋細胞の正常な活動が障害を受け、正常な静止膜電位を維持出来なくなる、正常では-70mV程度ある静止膜電位が0mVに近くなる、すると、梗塞部位は正常部位に比べて相対的に正に帯電するようになり、梗塞部位から正常部位へ電位差が生まれ、電流が流れる、障害電流という考え方がある。障害電流は非脱分極時にのみ起こり、脱分極中には流れない、梗塞部位から正常部位へ流れる障害電流は、体表から観察すると、電極から遠ざかっていくベクトルなので、心電図上の基線を一律に低下させるように記録される、脱分極中には梗塞部位も正常部位も脱分極しており、膜電位は両方ともほぼ0mVなので、梗塞部位と正常部位の間の電位差は消失し、障害電流は流れない、脱分極中に障害電流の影響がなく、非脱分極中には障害電流の影響で基線が低下するため、心電図において脱分極中に相当するST部分が基線に比べて相対的に上昇しているように心電図記録される。一方で、不完全虚血、非貫壁性虚血の場合はST低下になる説明としては、冠動脈は心外膜側を走行しており、心内膜側は最も遠位部にあるため、非貫壁性の虚血は必ず心内膜側から起こる、すると、心内膜側で虚血、心外膜側で非虚血となり、心内膜側は心外膜側と比べて静止膜電位が浅くなり、相対的に正に帯電する、障害電流は心内膜側から心外膜側へ流れ、心電図記録では基線を一律に上昇させるように記録される、脱分極中は障害電流が流れないため、脱分極中に障害電流の影響がなく、非脱分極中には障害電流の影響で基線が上昇するので、心電図において脱分極中に相当するST部分が基線に比べて相対的に低下しているように心電図記録される、と、論理的に説明出来なくもないです。以上、あくまで仮説なので理解出来なくても臨床上は全く問題はありません。もっと極めたい人は循環器内科医になって、さらに電気生理学的検査の専門の道に行き、心行くまで探究されると良いでしょう。

実臨床では、もっと直感的に、心電図上のST部分というのは心室の再分極を反映している、心筋に血液が正常に届いていないと心筋の再分極に何らかの支障を来すのだろう、そのSOSのサインとして心電図上ST変化を通して心臓は我々に助けを求めている、と、そのような理解であっても実臨床上は困りません。むしろ、急性冠症候群の現場で、静止膜電位がー、障害電流の向きがー、と言っている前に、早く患者さんの治療を優先しましょう。

【心電図検査でわかること】

以上、心電図検査でわかることとして、不整脈と虚血の総論について説明しました。総論だけで随分と長くなってしまったので、各論については個別に説明します。

【心電図検査の自動診断機能について】

多くの心電図検査器には「自動診断機能」が付いています。心電図検査は国際標準で診断基準が標準化されているため、心電図のメーカーを問わず、自動診断機能を作ること自体はそう難しくありません。事実、自動診断機能はそのへんの研修医や心電図を全く読めない科の医師の読影に比べたら遥かに正確です。一つ、注意点があります。偽陽性が無視出来ないほど多いということです。検診の役割はスクリーニング機能と言い、検診だけで正確な確定診断まで付けることは求められていなく、怪しいものは精密検査を奨める、精密検査が必要なものを引っ掛けるのが検診の役割であり、検診異常イコール病気ではありません。なぜかと言うと、検査の正しさには2種類あり、異常ありのものを正しく異常ありと診断すること、異常なしのものを正しく異常なしと診断すること、前者の正確性を感度、後者の正確性を特異度と言いますが、どちらも100%出来ることが理想なのですが、感度も特異度も100%の検査というのは存在しないからです。検査を行う場合は何を優先するかによって調整する必要があります。検診の場合は、スクリーニングでは見逃しを避けなければならないので、感度優先です。感度を優先した結果、異常があるのにも関わらず間違って異常なしと判断すること、偽陰性、は減らせるのですが、異常がないものを間違って異常ありと判断してしまうこと、偽陽性の率は必然的に増えてしまいます。感度を優先した結果、特異度が犠牲になってしまったからです。心電図検査に関しても同様で、心電図検査の自動診断機能は、見逃しを少なくすることを第一優先、に作られています。見逃しが起こってしまった場合に、心電図メーカーが責任を取れないからです。多少の偽陽性を容認してでも、偽陰性を防ぐことを優先したい、結果、オーバートリアージと言います。循環器内科医が本当に精密検査が必要な心電図異常か、本当に治療が必要な心電図異常か、そもそも心電図異常でないのか、判断する必要があります。多くの検診の心電図異常は経過観察で問題ないものが多いのですが、検診専門の医療機関に不整脈や循環器の専門医が常駐していることはほとんどなく、多くの検診機関では心電図検査は自動診断機能の記載がそのまま書かれていることが少なくありません。問題は本来なら経過観察で全く問題ないものまで、精密検査が必要、要受診と機械的に書かれてしまっている例が無視出来ないくらい多いことです。オーバートリアージにも限度があるなあと感じていますが、確かに検診をきかっけに不整脈が見つかることもありますので、一概に否定は出来ません。判断の正確性は機械や人工知能のほうが得意であることは疑いようがなく、人間の判断力を超えてどんどん向上していくのは間違いがありませんし、医療においてもそれは例外ではありません。一方で、責任を持って診断、責任を持って異常なしと言い切れること、何かあった時に責任を取れるかどうかは、まだ人間にしか出来ない仕事だなあと感じています。このことを「判断ー責任ミスマッチ」と勝手に読んでいます。人工知能や機械が責任を取れるのかまだわかりませんし、人工知能や機械が「責任を取る」とは具体的にどのようなことなのかまだ明確に想像も付きません。「判断ー責任ミスマッチ」の時代は普遍的に永遠に続くもののか、何らかの変化によって変わりうるものなのか、現時点ではわかりません。すくなくとも、この「判断ー責任ミスマッチ」の時代にしばらく生きることになるなあと考えています。話が長くなったのでこのへんで、また暇があったら書き足します。


 

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